あみぃご亀岡  
マタニティ子育て情報いきいきママブログ

子育てエッセイ

子育て中のイロイロを言葉に乗せて・・・

 

二個して

第3回 妊娠・出産・子育て体験記 入選作品)

あれっ?私ってこんなに依存心が強かったっけ?この人はこんなに無神経だったっけ?
自分たちのことをそれほど立派な人間だとは考えていなかったけれど、子どもが生まれた頃の私は、見知らぬ自分たちの姿に直面して動揺していた。  

もともと子どもを切望していたわけではなく、生まれるならそれもいい、という程度にしか私たちは考えていなかった。どうにかなるさと、たかをくくっていた。  妊娠がわかってから、まず本やインターネットで情報を集め始めた。幸せで穏やかなマタニティライフというイメージとは、かけはなれた自分の心身の不調という現実に悩まされ始める頃、ようやく事の重大さがわかって愕然とした。  

子ども一人が成人するまでにかかる労力、費用、調べれば調べるほど「どうにかなるさ」では済まされないことがわかった。ちゃんと考えないと、と夫に自分が調べたことを話したり本を渡してみたりしたけれど反応は鈍く、温度差を感じて余計に焦った。とは言っても、もともと仕事で帰宅が遅く、私の際限のない不安に付き合っている時間などなかったのだけれど。

今思えば赤面ものである。私だってお腹が膨らんできて俄かに色々なことが気になり始めたに過ぎないのに、それを棚に上げ「中高大と全部私立に行ったとしたら」とか「共働きの場合の子どもの生活は」などと、かき集めた不安な情報の受け売りをやっては、「ちょっと、聞いてるのっ!」と目を吊り上げていた。

子どもは無事に生まれてきてくれたけれど、先行きは真っ暗に思えた。生後まもない子どもを独りで世話する生活は想像以上に苦痛だった。お風呂もトイレもゆっくり入っていられない。喉が渇いても飲み物を用意するひまもない。話す相手も聞く相手もいない。最初のうちこそ、夫の帰りを首を長くして待っていたものだが、帰宅するとまずテレビをつけて配膳を待つ夫は、子どもに興味がないように見えた。それ以外の話題に乏しい私は、彼と交わす言葉を失った。

あるとき夫が「思ってることあるなら言わんとわからへんやん」と言ったことがあった。笑顔は消え、皮肉ばかりが口をついて出ていた頃のことだ。それを責められていると思った私は「自分だけ今までどおりの生活をして、それは開き直りのつもり?」と逆上した。寒々とした空気が流れた。

自分の醜さにうんざりするようなことの連続だった。かわいいはずの子どもを抱いて、私はなぜいつも尖っているのだろう。子どもができてから、次々と過分な負担が降りかかってきているように思える。  私たちは子育てには向いていなかったのだ。子どもの夜泣きに背を向けて寝る夫を眺めつつ、そう決め付けた。同じ部屋にいても、私は一人ぼっちだ。少しも幸せを感じられない。突き刺さるような泣き声から逃げ出したいと思った。もう耐えられない。涙がこぼれた。

 

あれから三年が過ぎた。

泣くのが仕事だった子は自分で着替えをするようになった。もう手出しは無用。のはずがトレーナーの中で出口を見失ってキーキー声を上げている。それを見て私もイライラする。「何やってんの!」と言いたくなる。でも、私だって似たような事をしている、と気づいて深呼吸する。「どうしたの?手伝ってほしいの?」「できひん!できひん!」答える声は半分泣き声だ。「どうするのか教えて?」「してほしいの」「そっか、上手に言えたね。言わないとわからないからね」こうなるともう、自分に言っているようなものだ。ちょっと袖の位置を直してやると「出た!」子どもはケロリとして笑顔を見せた。

もうダメだ、と思ったあの日、私はどこへ逃げ出したのか。逃げ場はなかった。よい意味で子どもが退路を絶ってくれたおかげで、今の笑顔に出会えたのだ。私は多くのことを学んだ。  例えば、私には「ゆっくりお風呂に入りたいから、その間子どもを見ててくれる?」そう言葉に出すだけのことがなかなかできなかった。子どもの頬にできた引っかき傷を「痛そうやな」と言われただけで「ちゃんと爪は切ってあるんだけど」と身構えずにはいられなかった。気付いてしまえば、自分でも笑えるような小さなことだけど、その積み重ねが毎日を苦しくしていた。子どもがいなければ、気づきもしなかっただろう、私の心のクセだ。

いつも誰かに、きちんとできていないことを、責められていると思いこんでいた。人に頼らず、何もかも自分で処理して、つらいときには我慢する……今までの私のやり方だった。一人で背負い込むことには何の工夫も要らない。だいたいのことは我慢の限度内におさまっていたので、それで済んできたのだ。限界になったら攻撃的になるか逃げ出すぐらいしか知らなかった私に、自滅的なパターンを今こそ手放すときだ、と子どもが教えてくれたのだと思う。

おかげで夫が言った「言わないとわからない」の意味もようやく呑み込めた。嫌味などではなく、その言葉どおり、夫には聞く用意があったし、彼は「言えばわかる」人だった。勇気を出して頼ってみると彼は驚くほどの柔軟性を発揮した。伝わらないことがあれば、私もめげずに手を変え品を変えて伝え続ければよいのだとわかった。

空回りして勝手に悲壮がっていた私が新たな行動パターンを身につけ始めるまで、夫はずいぶんストレスを被ったことだろう。彼はお互い様だと笑ってくれるけれど……。以前、無神経だと詰ったこともある彼の大らかさに結局は救われている。

そうして日常を安定した気持ちで過ごせるようになってくると、先々の問題については、あまり意識しなくなった。第一、やることが多すぎて、不安の裏づけを取っている暇がない。以前とは質の違う「なんとかなるさ」だ。今すぐに全ての答えは見つからなくても、その時々で「なんとかしよう」という覚悟ができつつあるように思う。

そして、私たちは「二人いるともっと大変」を裏付ける膨大な情報にはあえて立ち向かわず、みんなで幸せになると決めて次の子を迎えた。

同時進行の家事の合間に急いで下の子のオムツを換えている私に、「怒ってるの?」と聞いてくる三歳児。「え?怒ってないよ」「じゃあ二個してごらん?」「にこ?」「そう、ニコっと」と言いながらお手本を見せてくれた。ニコっと笑えという意味だと気づいて思わず吹き出す。必死の形相を子どもは怒っていると思ったのだろう。親になってようやく取り組み始めた心の操縦だけど、子どものほうがずっと呑み込みが早い。笑いの中で心のゆとりを取り戻しながら、「この子はもしかして天才ではなかろうか」なんて思う私はすっかり親バカだ。  子どもがくれるこんな愛しいエピソードの数々。夫と分かち合いたいことは、帰宅まで胸のメモ帳に書き留めておく。

日々の浮き沈みはあるけれど、「ニコして」みよう。いま私たちは幸せだ。


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