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週刊子育てブログL2008年4月より、毎週水曜日に京都新聞の丹波版でコラムをつづっています。⇒週刊子育てブログの目次へ |
わたしの願い七夕の願いに「○○をかしこく」と書いた我が家の5歳児。○○の部分にあったのは、その妹の名前だった。 ずいぶん清らかな願い事ではないか。何をそんなに悟りきっているのだ。自分の心配はいいのかい?と思ったら 意地悪というよりは本能のままに欲しがる2才児の、手加減を知らない攻撃にたまりかね、いつも泣きついてくるのは上の子のほうだ。 妹が「かしこく」してくれれば、自分は思いっきり遊べるというわけか。 なるほど、それなら納得。と、妙に安心した私だったが、いざ自分が短冊に向かってみると、思いつくのは「家族の幸せ」や「家族の健康」 それを、さらっと書いてしまってから、先ほど我が子に向けた問いを思い出す。 自分のことは? 家族を大切に思う気持ちは本当だし、そこに書いた願いも心からのものだ。しかし、子どもが書いたものと違って、その願いは直接には自分につながらない。 これでは少し寂しいような気がして、ごく個人的な願いも書こうとしたが、なかなか思いつかない。 しびれを切らした子ども達に「はーやーくー」と服を引っ張られた。 「もう一つ書きたいから待って」と言うと「願い事はひとつだけでしょ!」ごもっとも。 今年の七夕は終わったけれど、「わたし」の願いは何だろう。今も考えている。 |
自分の幸せを追求するには家族が健やかであってこそ、というのは事実なのですが、そういうものは前提として自分の願いを書くものでしょう? なのに、思い浮かびもしないなんて・・・0(>_<)0 なんか、くやしいいいいいい |