Category Archives: コラム

週刊子育てブログ11

常套句、禁止!

大人になっても、自分は言うまい。と思っていたことがある。子どもを叱るときの「何でそんなことするの!」「何回言ったらわかるの?」などの常套句の数々。
言われる側だった頃には、威嚇だけが目的の無意味な言葉だと憎んでいたのだが、今となっては自分もつい言っている。
あるときベッドの上で子どもが飛び跳ねていた。一回目、「やめて」と言った。一瞬止んだがまた飛び始めたので「そこから降りなさい」と叱った。それでも10分も経たないうちにベッドによじ登る。これで3回目だ。とうとう私も頭にきて「何回言ったらわかるんやー!!」と怒鳴りつけた。
すると「…4回」緊張した声で返事があった。あと1回の猶予を得ようと、子どもなりに頭を働かせたのだろう。思わず笑ってしまった。
つまらないことを言ってしまった私に対し、律儀に答えてくれた子どものほうがよほど気が利いている。
さて、別の日にもまた、子どもがベッドをトランポリン代わりにして楽しげに弾んでいた。
今回こそは怒鳴ったりせず、もう少しうまいやり方を、と考えながら眺めていると目が合って、まだ何も言わぬうちから子どもは大慌て。「わざとじゃない!」と飛び降りた。
視線を受けて、以前注意されたことを思い出したようだ。
それにしても、「わざとじゃない」とは面白い。少ない語彙を駆使して言いたいことをうまく伝えている。私のほうも、荒々しい言動で威嚇せず、伝える技術を磨かなければ。

週刊子育てブログ10

一緒に作る楽しさ

風邪で保育園を休んだ日。多少の熱はあるものの子どもは遊ぶ気力たっぷりで布団に納まっていられない。気を紛らすため、一緒に絵本を作ることにした。
画用紙に子どもの好きなものを私が下書きし、子どもはその上に折り紙をちぎって貼り付けていく。製本はのりで張り合わせただけの簡単なものだが、不器用なりにあれこれ相談しながら作業するのは楽しく、出来上がった絵本は私達にとって特別のお気に入りとなった。
実はこの頃子ども達の病気が続き、思うように仕事ができなくて内心焦っていた。けれど、久々にたくさんの言葉と視線を交わし、子どもと親密な時間を過ごせた満足感で、ずいぶん気持ちがほぐれたものだ。
間を持たせようと始めたことだったため、私が仕上がりに対して適度にいい加減だったのもよかったようだ。多少はみ出していても、途中で方向が変わっても、盛り上がっていて話が弾めばそれでいい、と思えた。
そうして一緒に何かを作るというのは子どもにとっても嬉しかったようで、今でも時々その絵本を出してきては小さな妹に読み聞かせたり、作ったときのことを話したりしている。「また作ろうね!」と子どもはにっこり。
後々になっても思い出に残るのは、こんな体験なのだろう。
目新しいオモチャやお気に入りのアニメに頼らなくても、子どもとの時間を充実させられることがよくわかった。
今度は外出できない事情のある日を待たずとも、時間を作って取り組みたい。

週刊子育てブログ9

さすが母親

初めての育児に奮闘しているYさんは「さすが母親」という言葉を素直に受け取れないという。それは「母親なのだから、できて当然」というプレッシャーになるのだそうだ。

それは考えすぎだ、あなたの頑張りにエールを送りたいからそうして声をかけてくれるのでは?と慰めかけたが、よくよく聞いてみると、それは通りすがりの人からの励ましではなく、Yさんの夫からの言葉だった。

そうなると、複雑な気持ちがするというのもわかる。

例えばこのところ子どもの夜泣きが続いているが彼は「ちゃんと目が覚めるなんてやっぱり母親やなあ」と感心する。布団をかぶるなどして適当にやりすごす彼に「聞こえていても起きる気がないだけ」とYさんは苦笑い。

オムツ交換をしていて子どもの体調の変化に気づいたときも「さすが母親」しかし彼はオムツを触ったことがない。

母性本能という言葉があるが、実際に子育て真っ最中の者の実感としては、むしろ理性を要求される場面の方が多い。それに、人間は本能だけで社会に存在しているわけではない。
子を産むだけで、子育てに必要な知識、体力、精神力を自然に授かり、愛と喜びをもって任務を遂行できるようになるとしたら・・・誰も悩みはしない。

毎日が初めてのことばかりで一つずつ努力して乗り越えているのだ。

同じ瞬間に親になったパートナーが、それをわかってくれているなら随分救われる。「さすが母親」と言わず、日々の努力に目を向けてほしい。

週刊子育てブログ8

暴発を防ぐ

Aさんのお子さんはもうすぐ2才。できないことでも、自分でやりたがるようになったので、何かと後始末が大変なのだそうだ。
それも大切な発達の通過ポイントだとわかってはいるけれど「イライラする」とAさん。
牛乳のコップを自分で持って飲むと言って聞かず、案の定、ひっくり返してしまったとき「だから言ったでしょ!!」とつい爆発した。文句を言いながら床を拭いているうち、前にも同じことがあったと、思い出したそうだ。でも、あのときは怒らなかった。飲み終わったあとだったから。
「つまり私は床を拭くのが腹立たしくてこんな小さな子を怒鳴りつけてるんだ」と我に返ったAさんは、以来、子どものしたことと、その結果を分けて考えるようになった。
なるほど、と感心した私も、Aさんに倣うことにしたが、うまくいかない。
2才の子どもがマジックで遊んだことと、買ったばかりの服に油性インクのシミがついたことを分けて考えられず、やはり子どもに怒ってしまった。「絵が描きたかっただけなんや」と庇うは5才児の弁。確かに。
そもそも言ってわかる年齢でないような小さな子には、いつだって非はない。親の私がここで自分の感情を制御する方法を身につけなければならないのだ。ただし、しつけ可能な年齢の子にはそれなりの接し方もあるだろう。
そこで、「じゃ、出しっ放しにした人は誰?」と尋ねると、「あっ、そやった!!」大慌ててマジックを片付け始める5才児だった。

週刊子育てブログ7

トイレトレーニング

暖かくなってきたこの時期はトイレトレーニングを始めるのにちょうどよい。分厚いトレーニングパンツもすぐに乾くし、失敗しても着替えのときに寒い思いをせずに済むなど、いろいろと好都合だ。
けれど、外の条件だけでなく、本人の状態にも配慮したい。
年齢と気候だけを基準にトレーニングを進めようとしたため、上の子のときは修羅場だった。失敗を叱らずに、さっと片付けて根気よく続けましょう。とは聞くが、忙しいときに限って失敗が多く、わざとではないとわかっていても苛立たずにはいられない。どんなに練習してもうまくいくことは稀で、結局1年近くもかかってしまった。
その後になって、オムツが外れる時期は身体的発達に依ることを知った。そして当然それには個人差がある。そういえば、成功することが続くようになってから完全に外れるまでは早かった。それまではまだ準備ができていなかったということに違いない。あの時に練習を始めれば、どんなに穏やかだっただろう。
さて、このところ、下の子がトイレに興味を持ち始めた。面白がって何度でもトイレに入り、たまにうまくいくと本人は得意満面だ。
一緒になってそれを喜んでくれる上の子を見るにつけ、過去の理不尽な要求が悔やまれる。それで「あのときは怒ってばかりでゴメンね」と謝ったら「こっちこそ、もらしてゴメンね」と真顔で言われてしまった。
以後、気をつけるので、どうか笑って水に流してほしい。

週刊子育てブログ6

視野を広げて

先週の火曜日、メリーウイン・アシュフォードさん(1985年ノーベル平和賞受賞団体
IPPNW~核戦争防止国際医師会議~元会長)の講演会がガレリアかめおかで開催された。時間は夜7時から9時まで。 戦争やテロのない世界の実現へ向けて、という興味深いテーマだ。

子ども達が生きる未来が、平穏な世界であってほしいと思うが、しかし、いざ参加するとなると2才と5才の子ども達の夕食、お風呂はそれまでに済ませ、帰ってきたらすぐに寝かせなければならない。それに次の日も仕事だ。子ども達も朝が早い。外出するのは難しい時間帯だ。

そうやっていろいろと迷っていた私にとって、参加の決め手となったのは、4月26日(土)の本誌面でも紹介されたように、企画・運営が私と同様の立場で子育てしている方々によるものだと知ったことだった。

それでも会場で、敢えてメリーウインさんに尋ねてみた。目の前の生活で大忙しの私が、世界平和という壮大なテーマに関心を持つ意義はあるのだろうか、と。

すると、子どもを育てる中で、私達はすでに平和につながっているのだ、という答えをいただいた。今すぐ特別な活動をしなくても、できることがあるのだとわかってほっとした。(具体的な内容は著書「平和へのアクション101+2」の紹介ページ

行動範囲には限界があるが、子どもがいるからこそ未来への展望をもって日常に臨みたい。子が成長し、状況が変われば自分にできることがわかってくるだろう。


本の翻訳に関わり、この講演会を企画したのは、私たちと同様、幼い子どもを育てているFさんでした。Fさんは、京都新聞でこのコラムを読み、メリーウイン・アシュフォードさんが帰国される日のパーティーで英訳し紹介してくださったそうです。

メッセージがきちんと伝わっていたことをアシュフォードさんはとても喜んでいらっしゃったとお聞きし、私も非常に嬉しく思いました。

こうして平和について書いたり、誰かに話したりすることも平和へのアクションの一つです。すこしでも、平和の輪をひろげられたら・・・。

ところで、アシュフォードさんは来日して1600人以上にお話をされたそうです。すごい!!平和へのメッセージを受け取ったそれぞれの人がアクションを続けていけば、すぐに世界は平和になるのでは・・・。

実際に何か行動を起こすこと、それを続けることが大事なんですよね。私も、自分にできることをわずかながら実践していきます。

平和へのアクション101+2―戦争やテロのない世界の実現に向けて

平和へのアクション101+2
―戦争やテロのない世界の実現に向けて

メリーウイン・アシュフォード,松井 和夫

読者のためのサイトでは、関連リンクなど多くの情報が掲載されています。(http://hodanren.doc-net.or.jp/hankaku/)

週刊子育てブログ5

大人の距離感

公園に 誰もいなくて ほっとする
子どもの手を引いて夕暮れの公園に立ったとき、そんな情けない川柳が頭に浮かんだ。別に子どもに遊具を独占させたいと思ってのことではない。
子どもを遊ばせたくても公園には誰もいない、という嘆きを聞くが、いないほうが気が楽なことだってある。子どもが友達をつくって仲良く遊ぶという成長段階には至っておらず、傍若無人な振る舞いの目立つ時期には特に。
近所の公園ではないから付き添っている親同士もその場に居合わせただけの関係だ。子ども達が摩擦を起こしたときのフォローに気を使って必要以上に疲れる。泣かせたり泣かされたり、自分としてはお互い様と笑って済ませたい範囲のことでも、最初に会釈をしたきり言葉を交わしていない相手の考え方はどうだろう?
離れたところで見守るには幼すぎる子ども達。傍らで親同士が世間話でもしてそのスタンスをつかめればよいのだろうが、いきなり他人と仲良くなるなんて。しゃべるのが苦手な私にはきっかけが作れない。
すると、知人が言った。「それは友達をつくるのとは別のこと」その時限りの他人と和やかに言葉を交わして場を共有するのは、ただのおしゃべりではなく、大人の作法なのだそうだ。
今までそれが必要になる場面があまりなかったので練習してこなかったが、これからは人見知りだと逃げるわけにはいかない。
どこまでも 伸びる余地あり 子と共に
喜ぶべきことだと自分を励ます。

週刊子育てブログ4

子どもと入浴

こういうのって、どうしたらいいの?と聞かれたとき、2年前の自分を思い出した。上の子が2才、下の子が生後2ヶ月。自分ひとりで子ども二人を入浴させるには・・・
「どうしたらいいんでしょう?」
私もその時期、そうして聞いた覚えがある。湯船に一人で入っていられない赤ちゃんは、自分が洗っている間や、上の子を洗ってやっている間、どうすれば?泣いているのを脱衣所に待たせておくのも落ち着かない。
ちなみに私の質問に答えてくれた人には年の近い子が3人。「自分は服を着たまま浴室に入り、子どもを次々と洗う。自分の入浴は子どもが寝てからだった」と言っていた。我が家では、上の子の寝つきが悪いうえ、やっと寝かしつけても私の気配がなくなるとすぐ起きるので、その戦法は取り入れられなかった。
私の場合は「6ヶ月ぐらいまで下の子はベビーバスで先に済ませ、下が寝たら自分は大急ぎで上の子と一緒に・・・」と、経験を話したが、子どもの性質、年齢差、生まれた季節によっても事情が変わる。根本的な解決策はないまま「大変だけど、あと少ししたら楽になるよ」と励ますしかない。
お風呂のことに限らず、子どもを抱えての日常は綱渡りの連続だ。皆が渡る谷なのに、橋がない。後続のために橋を架ける方法を考えようにも、もう次の綱渡りが始まっていて誰も立ち止まる余裕がない。
子ども達も通るかもしれない道。20年後ぐらいには橋は出来ているだろうか。

週刊子育てブログ3

遊び場を探して

春爛漫。おんもに出たいと待っていた子たちは暖かい日差しの下、思いっきり外遊びができる。
ところで私の場合、やっと歩き始めた子をいざ外に連れ出してやろうと思ったときに、とても困った経験がある。歩いて行ける範囲には子どもの遊び場がなかったのだ。当時はこの地に知り合いもいなかったので聞くこともできない。
そこで、多少遠くても片っ端から探して行ってみることにしたが、公園という名を頼りに訪ね当てても、思い描いていたような遊び場がないこともしばしばだった。そうして出歩いているうちに勘が働くようになってきて、当初のような空振りをすることはなくなり、定番の遊び場もできた。
けれど、皆、どうしているのだろう。第一子が歩き出す時期までに情報交換できる友達と出会うのは転入組にとってはなかなか難しいのではないか。
そんな思いから、未だ出会わぬ子育て仲間たちと情報を共有したいと思い立ち、ホームページで遊び場紹介のコーナーを作った。今、数えてみたらそのレポート数は2年間で27件に上る。
ただ、それだけ連れ歩いてみてわかったのは、幼いうちはお気に入りの公園に飽きて不足を感じたりはしないということだった。たまに目先を変えるのもいいけれど、そんな毎回のように違う場所に出かける必要はない。
まだこの時期は体力がなく疲れやすい。楽しい余韻を残して終わるには、親に余力があっても「楽しかったね、また行こうね」と切り上げるのがコツだ。

週刊子育てブログ2

理由はいらない

重いものを持つな、無理をするな、足元には気をつけろ。
適度に体を動かして、ストレスはためないように。

子が生まれる前から「お母さん」と呼ばれ 、そうして心身の健康に気を配るよう指導されるが、身二つになった後は、健診の通知が来るのは子どもだけ。
だからこそ自分のケアには自分で責任をもつようにしたい。意識していないと、自分のことはどうしても後回しになりがちだ。

例えば、赤ちゃんにとって必要なことならどうにだって都合をつけられるのに、自分のこととなると虫歯の治療にも行こうとしない。体調が悪くても休まずに立ち働き、やっと赤ちゃんが寝たら、自分が横になるよりまず洗濯物を片付けなければと思ってしまう。

外をぶらぶらしたくなったときには、病院へ行くからと嘘をついて、家族にあかちゃんを預けて出たことがある、という人もいた。
ちょっと一休みするだけのことが、自分にとって必要だと言えず、ささやかな自由を味わうことにも罪悪感を持ってしまう胸の内がよくわかって切ない。

母が健やかで笑っていることが何よりだから、リフレッシュすることが家族のためにもなるのだ、と言えなくもないけれど、そんな大義名分さえも本当はいらない。
妊娠中ほど誰も気遣ってくれなくなるのは、母親が自分を大切にするのが贅沢だからではない。むしろ当然だからだ。そのために必要な助けを求める力は備わっているはずだからだ。

堂々と自分を労わろう。

補足情報

乳幼児の世話をパートナーに頼めない場合は以下のような方法もあります。

いずれも有料ですが、預ける条件として「やむを得ない理由」のようなものは要求されません。リフレッシュのため、でOKです。

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料金、受け入れ先については亀岡市のホームページでご確認下さい
一時保育について (亀岡市

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